今日も泥臭く飛び込み営業をする58歳

こんばんは。千葉の空の下、沖縄の風を届けるため、今日もセブンイレブンさんのドアを叩いています。
58歳、個人事業主です。
同世代の皆さん。
今、どんな毎日をお過ごしでしょうか。
会社員として定年が少しずつ見えてきた方、あるいは私のように早期退職や様々な事情で、次のキャリアを模索している方。
子育てが一段落し、ふと自分の人生の「後半戦」をどう生きようかと思いを巡らせている方。
「何かやりたい」「このままでは終わりたくない」
そんな熱い思いを胸に秘めながらも、現実の壁や世間体、そして何より「今さら失敗したくない」というプライドが邪魔をして、最初の一歩が踏み出せずにいませんか?
かく言う私も、57歳で「うちなーふぁん」という屋号を掲げ、沖縄の物産をセブンイレブンさんへ卸す事業をたった一人で立ち上げました。
30代での転職の失敗、40代での起業の大失敗。
決して順風満帆とは言えない人生を歩んできた私が、この年齢で選んだのは、最も原始的で、最も「泥臭い」と言われる仕事のやり方——「飛び込み営業」でした。
なぜ、58歳で「飛び込み営業」なのか
コネも実績もない個人事業主が、大手コンビニエンスストアの各店舗に商品を置いてもらう。
そのために私にできることは、自分の足で一軒一軒を回り、オーナーさんに直接想いを伝えることだけでした。
「58にもなって、飛び込み営業か」
そう笑う人もいるかもしれません。
実際、始めた当初は、自分自身の中にも葛藤がなかったわけではありません。
この年齢になれば、それなりの経験やプライドが蓄積されています。
「丁重に扱われて当たり前」とまでは言わずとも、「邪険に扱われる」ことへの耐性は、若い頃よりもずっと低くなっているものです。
そして、飛び込み営業の現実は、想像を絶するものでした。
「忙しいから帰って!」 「間に合ってる。うちはそういうの全部本部経由だから」 「(ジロリと一瞥して)いりません」

相手にされないのは日常茶飯事。
ひどい時には、あからさまに「迷惑だ」という顔をされ、まるで汚いものを見るかのような視線を浴びせられることもあります。
名刺を受け取ってもらえず、挨拶すら遮られる。
時には、嫌味の一つや二つ、お土産のようにいただくこともありました。(・・・もちろん今もありますよ。高確率で・・・笑)
最初の数ヶ月は、心が折れそうになる瞬間の連続でした。
一日中歩き回り、数十件飛び込んでも、話を聞いてくれる人すらいない日。
千葉の夕焼け空を見上げながら、「俺は、こんな屈辱を味わうために、残りの人生を懸けたのか」と、N-BOXのハンドルを握りしめ、唇を噛んだ日も一度や二度ではありません。
当然モチベーションはダダ下がりです。
「もうやめようか」「自分には向いていなかったんだ」。
そんな弱音が、何度も頭をもたげました。
37店舗の出会いが教えてくれた「真実」
しかし、そんな日々の中で、私は一つの事実に気づき始めます。
心が折れそうになりながらも、足を止めなかった結果、少しずつですが、私の話に耳を傾け、沖縄の商品を「面白いね」と受け入れてくれるオーナーさんが出現し始めたのです。
そして、今日までにお取引がスタートした37店舗。
その全てのオーナーさんに共通する、ある特徴に気づいたのです。
それは、全員が「アグレッシブな」オーナーさんだった、ということです。
現状維持に満足せず、常にもっと良い店にしようと新しい情報を求め、リスクを恐れず「面白そう」なことにはまず挑戦してみる。
そんな、熱い心を持った人たちでした。
彼らは、私の突然の訪問を「迷惑」ではなく「新しい情報(ネタ)」として捉え、私の年齢や肩書きではなく、「沖縄の物産」という商材そのものの可能性と、それを運んできた私の「熱意」を見てくれたのです。
この事実に気づいた時、私の中で何かがカチリと音を立てて切り替わりました。
「そうか。俺は、全員に好かれようとしていた。全員に受け入れられなければならないと、勝手に思い込んでいた」
でも、違う。これまでの人生を振り返ってみても、そうではなかったはずです。
そもそも、全ての人と相性が合うわけがない。
特に、ビジネスにおいて新しいことを仕掛けようとするような、前向きで「アグレッシブな」人なんて、世の中全体で見ればごく少数派であることも、58年も生きていれば分かりきっていたはずです。
私がやっているのは、万人に受け入れられる「お願い」ではありません。
私は、私と同じように「アグレッシブな」価値観を共有できる、希少なパートナーを探していたのです。
「断られる営業」から「宝探しの旅」へ
このマインドセットの変化は、私の営業活動を根底から変えました。
飛び込み営業は、「断られるのが仕事」という苦行ではありません。
それは、数多の石ころの中から、自分にとっての「宝=アグレッシブなオーナー」を見つけ出す、「宝探しの旅」だったのです。
そう思い始めた瞬間、これまで私を苦しめてきた「拒絶」の意味が、180度変わりました。
- あからさまに嫌がられる → あ、この人は「宝」ではなかった。次!
- 嫌味を言われる → わざわざ「私はアグレッシブじゃありません」と教えてくれてありがとう。
おかげで無駄な時間を使わずに済んだ。次! - 忙しいと追い返される → 本当に忙しいだけかもしれないし、宝ではないサインかもしれない。
どちらにせよ、今はタイミングじゃない。次!
断られることは、失敗でも、私の人格が否定されたわけでもありません。
それは単に、「今回の石ころは、宝ではありませんでした」という「確認作業」に過ぎなくなったのです。
宝探しが、一発で目当てのお宝を見つけられないのと同じです。
砂をふるいにかけ、泥を洗い流す、地道な作業の連続。
その作業(=断られること)を経なければ、決して「宝」にはたどり着けない。
そう考えると、ドアを開ける恐怖が消えました。
むしろ、「よし、次のお店には宝が眠っているかもしれないぞ」と、ワクワクする感覚さえ芽生えてきたのです。
必要のない嫌味を言われても、「はい、次のお宝探しますんで!」と、心の中で軽く手を振り、笑顔で店を出られるようになりました。
凹む時間が、ゼロになったのです。
58歳よ、泥臭くあれ
同世代の皆さん。
私たち50代は、知識も経験も、そして失うことを恐れるプライドも、十分に蓄えてきました。
だからこそ、「泥臭く」なることをためらってしまう。
スマートに、格好良く物事を進めたいと願ってしまう。
でも、本当に新しいことを始める時、特に人脈も何もないゼロからスタートする時、スマートなやり方など存在するのでしょうか?
私は、この58歳という年齢で、あえて「泥臭い」飛び込み営業を選んで良かったと心から思っています。
汗をかき、頭を下げ、時には理不尽な言葉に耐えながらも、自分の足で稼いだ37店舗とのご縁は、何物にも代えがたい「宝」です。
そして、この「宝探し」のプロセスで手に入れた「拒絶を恐れない心」は、これからの人生を生き抜く上で、最強の武器になると確信しています。
もし、あなたが「何かやりたい」けれど、世間体や失敗への恐れで一歩を踏み出せずにいるのなら、思い出してください。
行動しなければ、拒絶されることも、失敗することもありません。
しかし、行動しなければ、あなたが探し求める「宝」に、アグレッシブに人生を楽しもうとする「仲間」に、出会うことも絶対にないのです。
58歳。まだまだこれからです。
プライドや過去の栄光は、一旦カバンの奥にでもしまっておきましょう。
泥にまみれることを恐れず、一緒に「宝探し」の旅に出ませんか?
私も、38店舗目、39店舗目、そして100店舗目という「宝」を探しに、明日もN-BOXのアクセルを踏み、あのドアを叩きます。
千葉のどこかのセブンイレブンで、泥臭く営業している私を見かけたら、笑わずに、心の中でそっとエールを送ってくれると嬉しいです。


